最高裁判所第二小法廷 昭和55年(あ)1478号 決定 1981年2月19日
本籍
兵庫県西宮市甲子園五番二
住居
同 芦屋市川西町一番地
遊技店経営
米田義明
大正一二年九月五日生
本籍
神戸市東灘区御影本町八丁目四七八番地の二
住居
同 葺合区布引町二丁目五番地
マンション経営
下糀五鳳
明治四五年二月一六日生
右被告人米田義明に対する法人税法違反、恐喝、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、預金等に係る不当契約の取締に関する法律違反、強要、所得税法違反、被告人下糀五鳳に対する恐喝各被告事件について、昭和五五年七月二九日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件各上告を棄却する。
理由
被告人米田義明の弁護人幸節静彦、同橘一三の各上告趣意及び被告人下糀五鳳の弁護人中垣清春の上告趣意は、いずれも事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 宮崎梧一 裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 塚本重頼 裁判官 鹽野宜慶)
○昭和五五年(あ)第一四七八号
被告人 米田義明
弁護人橘一三の上告趣意(昭和五五年一〇月一五日付)
右米田に対する法人税法違反等被告事件について、大阪高等裁判所において昭和五五年七月二九日言渡した判決は、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められ、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、また量刑が甚だしく不当であるから原判決は破棄さるべきである。
以下その理由を述べる。
第一、判示第六の二(被告人米田の所得税法違反)の事実について、
判示事実によると、本件は山田正光の検察官に対する各供述調書(昭和四三年六月二八日、同年八月一三日)、被告人米田の検察官に対する各供述調書(昭和四三年二月一六日、同年一〇月三日)等により事実を認定され、右認定に反する各証拠は措信できないと判示しているのは証拠の選択を誤り、事実を誤認している。
一、もともと神戸観光ホテルは大東健治と山田正光の売買に被告人米田が世話をしたという経緯である。
それが山田と大東、被告人米田の売買契約になったのは、山田の供述によると(第三六回公判調書、裁判長の問いに対する答え)
「当時物件を買うのに不安材料ばかりでした。従って不法建築、境界の不明、潜在するゴルフメンバー数の不明、それと第三者の抵当権などで、私としても大東さん相手ではまとまらず、取引もできませんのでしっかりした人に代理人になってもらいたいと思い、解決金として先に渡したのです。それで売主の代理人となってもらったのであります。私は始めから大東さんなら買わんと、米田さんが売主なら買うと言いました。」
また被告人米田の法廷における供述調書によっても(第三四回公判の尋問調書)
「売買契約はあなたと大東が売主になっているんですがね」
「はいそうです」
「世話をしたのなら売主にはならないのだが、なぜそうなっているんですか」
「それは観光ホテルの建物の敷地の中にもう既に名義が変わって、善意の第三者の名前になっている土地が三つ四つあったわけです。その名義になっている人は、大東ならば絶対に売り渡すことはしないと」
「元にもどすことはしないと」
「米田ならあの人なら金をくれるから名義を元の位置に戻してあげても良いという人が、全部そういうような意見でしたので、山田正光としては、あなたが売主の中に入ってくれない限りこの取引はしないということを買主の方から強く要望されたので名前を入れました。」
「そうするとそういう更地のきれいなものにする必要上山田君があなたも売主としてその責任においてやってくれというような形を求めたわけですね」
「はいそうです」
「実質はお世話をしたんだということですね」
「はいそうです」
「そうしたいきさつがあったから山田君も言うてますが、立退きだとかいろんなことを頼まれたということになるわけですか」
「そうです」
「大体あなたが頼まれたのはどういう問題なんですか、家の立退きとかそういう意味ですが、どういう事柄なんですか」
「もう既にゴルフ場の営業者、権利者が先入しておりました」
「ぼつぼつと事柄だけ言うて下さい、ゴルフ場の先入者のやつとか住宅の立退きとか問題点だけを言うて下さい」
「アパートの先入者、アパートの権利者そしてゴルフ場の営業者、ゴルフ場の先入者、それから倉庫の先入者、それから更の土地のきれいな土地の乗馬クラブ営業者、住宅部門で四つ五つ住宅部分の立退き、また今度観光ホテルを壊す作業等混っておりました、米田のする仕事では……」
「そうするとその人の権利関係をきれいにしてしまうということと、」
「そうです」
「家を取り壊して更地にしてしまうと、そういうことがあなたの頼まれた事柄ですか」
「はいそうです」
と、山田と同様の供述をしている。だから実質的には仲介であるが、形の上で被告人米田は売主の一人となっている。これは建物の敷地内に第三者の名義になっておる土地もあり、それを取り戻してもらうのが被告人米田でなければできないところからそうなったのであります。従って敷地をきれいにすることが被告人米田に課せられた責任であります。
二、建物等の費用の負担について、
建物収去、敷地の整備等の責任は被告人米田にあります。
ところで、費用の負担の点について、山田正光は次のように供述している。(第三三回公判調書)
「部分もあったというのは、どういうことなんですか、」
「まあ、原状で売買されたわけですから原状解決の金は、買主のほうが負担すべき問題だと思います。」
「あなたがね、問題解決のために支払うべき部分もあったとおっしゃるんでしよう。それはどういう問題で、どのくらいあなたが支払うのかということです。」
「ああ、そうですか。大体のところでは、急にあの土地のゴルフ場をやっておられて、そのゴルフ場の会員の処理並びにその付近の、まあ建物建てておられた方たちの立退き費用、あるいは、あそこに多少権利を持ってた方たちの立退費用とか、そういうのを概算すると、五、〇〇〇万になんなんとする金額になったと思います。」
「五、〇〇〇万円ぐらいは、あなたの負担で解決すべき問題があったということですか。」
「思います。」
すなわち建物収去または整備の費用については、山田正光が原状のままで売買されたのでありますから、原状解決の金は買主の方が負担すべき問題であります。
従ってその土地売買契約書には被告人米田の報酬を記載しております(売買契約書特約事項第四項記載)。
それでありますから三宅正平、北山順一らを使い、前記不動産売買契約書特約事項にある通り履行し、また敷地の整備をしたのであります。従って被告人米田は、昭和四一年四月から同年八月ごろまでの間に合計五、〇〇〇万円を山田から受け取ったのも前記山田の趣旨に従ってなされたものであります。
その支払金額は五、二〇〇万円であります(第四三回公判調書添付米田の支払先一覧表)。それ以外被告人米田は一銭の金も受取っておりません。
三、供述調書の特信性ならびに信用性について、
(一) 山田正光について
山田正光は昭和四三年四月一三日詐欺等の被疑事件で逮捕され、同年九月二五日保釈によって釈放され、詐欺・特別背任・商法違反・私文書偽造等によって起訴されています。
従って右供述調書(同年八月一三日―各供述等)は拘留取調べ五ケ月後に作成されたものであります。当時山田は前記詐欺・特別背任・商法違反・私文書偽造等もろもろの犯罪嫌疑について追及取調べを受けておりまして、自分に対する嫌疑の防衛について必死に争っており、偶々被告人米田の京阪神土地に対する支払命令について面会に来た志水弁護士から「こういう工合に米田から請求されている。君は違うというが、一枚君の書いていない証言が出ている。これは争わないかんな」という話があって、争って下さいと頼み、その際何通かに署名捺印したのであって、告訴状に署名したのはウカツであったと証言している(第二八回公判)。
民事事件で告訴が利用されることは屡々でありその理由も真実でないことが応々である。従って告訴調書の供述も同様である。特に山田正光の場合前記の如く、もろもろの嫌疑の防衛について頭が一杯になっている時であるから取調べ検察官の強い誘導によって供述し、あるいは金銭上有利になるような供述をすることも容易にうなずけるところである。
以上の如くもろもろの事件の防衛で頭が一杯になっておる長期勾留後に作成された供述調書であるから任意性がないというべきである。
(二) 被告人米田について
被告人米田に対する報酬については、土地売買契約書特約事項第四項で約三〇〇坪を提供することになっている。こうした契約があるのにその他五、〇〇〇万円も別に報酬を渡す合理的な理由がない。
また例えば、前記供述調書によると被告人米田は、北山順一の名義で神戸観光ホテルの土地を所有していたと供述しているが、それは虚偽の陳述であって、右北山順一は、真実売主大東に金を貸し、期限流れのためその名義で登記しており、山田との右売買に際し、その土地を返すため五〇〇万円プレミアムを貰った旨原審法廷で供述している(第二九回公判)。
また山田正光が別に三、〇〇〇万円を支出したというのは、被告人米田の他の仲介人に頼んで解決した中川・金沢らの所有名義になっていたのをとり返した件であったと証言している(第二八回、第三三回公判)。
かく真実に反する供述がなされている前記供述調書は到底信用性もないし、特信性もない。
従って以上のように山田正光の供述調書は特信性及び信用性がないのにその調書を採用し、同人の法廷における供述及び三宅正平、北山順一らの供述を採用しないということは、証拠の取捨選択を誤った違法がある。従って原判決は破棄さるべきである。
第二、右の通りの次第であるから本件については五、〇〇〇万円を減額すべきでありますから相当法条適用の上第一審判決の罰金刑を酌量されたい。
(注)所得税法違反以外の上告趣意書の登載は省略。